八重の桜 再び戦を学ばず

 今回は、「再び戦を学ばず」というタイトル。  1890(明治23)年に教育勅語が発表されたが、覚馬(西島秀俊)は天皇への忠義を課す一節に懸念を抱く、そんなところに、健次郎(勝地涼)が、兄・浩(玉山鉄二)に代わって川崎尚之助(長谷川博己)の会津戦記を仕上げるために、 京都でどのように薩長と戦っていたかを覚馬に詳しい話を聞きにきた。覚馬が薩長にも勤王の志はあったと語ったことに、健次郎…

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八重の桜 グッバイ、また会わん

 今回は、「グッバイ、また会わん」というタイトル。  八重を京都において、関東に向かった襄(オダギリジョー)は、同志社大学を設立するための募金活動をしていたが、体調を崩し、大磯の旅館で療養中。八重には、その様子は伝えられていなかった。  京都では、八重が襄からのはがきの文字で、夫の体調に異変があったことを察知した八重は、襄の病状を知っていた覚馬(西島秀俊)から事情を聞…

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八重の桜 残された時間

 今回は、「残された時間」というタイトル。    同志社の大学設立に奔走する襄(オダギリジョー)の姿が絵かがれていた。  徳富蘇峰(猪一郎)の助力で、雑誌にも掲載してもらうことになるが、持病の心臓病が思わしくなく、残された時間がないという状況だった。  それでも、寄付を募ろうと単独、東京へ行き、無理がたたって・・・  襄にとっては、大学設立のための寄付金集めは、…

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八重の桜 駆け落ち

 今回は、「駆け落ち」というタイトル。  母・時栄(谷村美月)が覚馬と離縁し、山本家を出ていって以来、ふさぎ込む久栄(門脇麦)に恋の相手が現れた。その相手が、聞き覚えのある徳富健次郎(太賀)こと、徳富蘆花だった。  時江に変わって、久栄の母親になろうと悩む八重の姿も描かれていた。  一方、兄、覚馬の娘のみねや、襄の父親の死という悲しい出来事も・・・  この頃に…

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八重の桜 不義の噂

 今回は、「不義の噂」というタイトル。  襄(オダギリショー)がアメリカから5万ドルという巨額の資金援助をたずさえて、1年8か月ぶりに帰国し、八重(綾瀬はるか)が、襄との久しぶりの再会を喜んだのも束の間、覚馬の妻の時栄(谷村美月)と書生として預かっている青木(永瀬匡)との不倫関係がうわさ話となって町に知れわたり、同志社の宣教師たちからも不協和音が噴出し、時栄が別居を命ぜられ…

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八重の桜 襄の遺言

 今回は、「襄の遺言」というタイトル。  徴兵制度ができて10年、志願者少なく、私立学校の例外措置を解除され、同志社の学生が退学するという事態の中、資金集めのため、襄(オダギリジョー)が欧 米に旅立つ。  留守を任された八重にも、女学校の運営方針をめぐって米国人宣教師たちと口論になるという事態。  そんな中、スイスにいた襄から 遺書が郵送され、さらに不安が募る。…

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八重の桜 鹿鳴館の華

 今回は、「鹿鳴館の華」というタイトル。  襄(オダギリジョー) は八重(綾瀬はるか)と共に、同志社大学の設立を陳情するため東京の勝海舟(生瀬勝久)のもとへ、いよいよ、私立の大学が誕生していくことになる。これまでは、帝大(東大)のみ。  また、2人は、山川家に立ち寄り、旧薩摩藩士の陸軍中将・大山巌(反町隆史)と長期留学から帰国したばかりの山川家の末娘・捨松 (水原希子…

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八重の桜 襄と行く会津

 今回は、「襄と行く会津」というタイトル。  最初は、自由民権運動の板垣退助が刺される場面から始まった。  そこで、有名な、「板垣死すとも自由は死せず」という言葉がでていた。  襄(オダギリジョー)と八重(綾瀬はるか)は、新婚のみね(三根梓)と伊勢(黄川田将也)を連れ立って、会津への伝道旅行に出かけ、生き別れたみねの母・うら(長谷川京子)に再会できる期待があった。 …

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八重の桜 覚馬の娘

 今回は、「覚馬の娘」というタイトル。  板垣退助(加藤雅也)たちの自由民権運動の場面、覚馬(西島秀俊)ら京都府議会は、新聞を使って世論を動かし、独断専行の槇村知事(髙嶋政宏)に攻撃を仕掛ける場面など、今の国会の元となる活動が描かれていた。  また、母・う ら(長谷川京子)のために婿をとって山本家を継がねばと思っていた覚馬の娘、みねが葛藤の末、 今治で伝道に励む同志社卒業生…

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八重の桜 妻のはったり

 今回は、「妻のはったり」というタイトル。  同志社英学校の創設から4年が経過、襄(オダギリジョー)は、アメリカの教団からの資金援助を危険視する日本政 府から廃校を命じられ、外国人教師たちからも伝道教育の強化を迫られていた。  板挟みになり苦悩する襄を、学生たちは弱腰と非難したので、八重(綾瀬はるか)は襄を かばうため、襄の額の傷ができた原因について嘘をついて、決して弱腰の人…

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八重の桜 私たちの子ども

 今回は、「私たちの子ども」というタイトル。  八重(綾瀬はるか)と襄(オダギリジョー)の念願がかない、女子教育の場となる同志社女学校が誕生したが、開校後まもなく、リツ(大後寿々花)という名の薩摩出身の女学生が結核にかかってしまう。  八重はリツを自分の家に移し、看病をするが、リツは八重をかたくなに拒む。なぜなら、リツの父は10年前の会津戦争で亡くなっていたからだった。ど…

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八重の桜 西南戦争

 今回は、「西南戦争」というタイトル。  1877(明治10)年2月、八重(綾瀬はるか)は襄(オダギリジョー)と共に、新築された同志社英学校の校舎で備品の準備に追われていたころ、ろ鹿児島では、西郷隆盛(吉川晃司)が配下の不平士族らの決起を止められずに挙兵し、「西南戦争」の幕が切って落とされた。  政府軍に仕官した山川浩 (玉山鉄二)や、警視庁の佐川官兵衛(中村獅童)や藤田…

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八重の桜 過激な転校生

 今回は、「過激な転校生」というタイトル。  結婚した八重(綾瀬はるか)と襄(オダギリジョー)は、新居ができるまで山本家で暮らす。  八重は、ベッドというものに初めて触れ、会津の、「ならぬものは ならぬ」から、「良いものは 良い」ということを知る。  また、八重が、西洋のファッションを取り入れ、“着物に帽子と靴” という和洋折衷の格好をしたことで、英学校の生徒からは、頭…

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八重の桜 同志の誓い

 今回は、「同志の誓い」というタイトル。    襄(オダギリジョー)の求婚を受け入れた八重(綾瀬はるか)だが、槇村(髙嶋政宏)は、キリスト教徒である襄と婚約した八重を女紅場から解雇しようとする。キリスト教に入信しないことが雇用継続の条件と迫る槇村に、八重は夫の考えを認めて支えていくことを宣言し、教え子たちに後ろ髪を引かれながらも八重は女紅場を後にした。  また、中央政界…

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八重の桜 襄のプロポーズ

 今回は、「襄のプロポーズ」というタイトル。    新島襄(オダギリジョー)から突然、求婚されたが、尚之助(長谷川博己)を忘れられない八重(綾瀬はるか)は、戸惑いを隠せない。そんな折、八重のもとを、幼なじみの時尾(貫地谷しほり)が、藤田五郎と名を改めた斎藤一(降谷建志)と共に訪ねてくる。八重は再会を喜び、2人が結婚したことに驚いた。斉藤一が、会津戦争を生き延びていたことをこのドラ…

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八重の桜 帰ってきた男

 今回は、「帰ってきた男」というタイトル。  いよいよ、八重と新島襄(オダギリジョー)が出会うシーン。  覚馬(西島秀俊)や槇村正直(髙嶋政宏)の援助を受け、京都に英学校をつくるため動き出すというものだった。  八重(綾瀬はるか)は、覚馬に促されて耶蘇教(キリスト教)の勉強を始めるが、言葉の意味がをりかいできないでいた。そんなとき、宣教師の家を訪れていた八重は、…

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八重の桜 尚之助との再会

 今回は、「尚之助との再会」というタイトル。  冒頭、太陽暦(1年365日)が導入された年の話であるというナレーションがあり、このころに変わったんだと知った。  覚馬(西島秀俊)が仕える槇村正直(髙嶋政宏)が、業務妨害の容疑で捕まり東京に拘留された。  覚馬は、槇村の後見人である木戸孝允(及川光博)にとりなしを頼むため、八重を連れて東京へ向かうが、結局覚馬の申し出は…

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八重の桜 兄の見取り図

 今回は、「兄の見取り図」というタイトル。  いよいよ、京都での八重の活躍というテーマに移っていく。  京都の覚馬(西島秀俊)の家に暮らすようになった八重(綾瀬はるか)と佐久(風吹ジュン)、みね(池田沙弥花)の3人は、覚馬の後妻・時栄(谷村美月)とのみねの母親をめぐる当初の確執も徐々に打ち解けていった。  また、山川浩(大蔵)の妹の捨松(水原希子)という女性がアメリカに…

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八重の桜 離縁のわけ

 今回は、「離縁のわけ」というタイトル。    八重(綾瀬はるか)のもとに、尚之助(長谷川博己)から離縁状が届くというところから始まった。  八重は、理由が分からないので、イライラするが、受け容れざるを得ないと考える。  その尚之助は斗南藩のために行った米取り引きで詐欺に遭い、取り引き先から訴えられ勾留されていた。このことが離縁状には書かれていなかった。  …

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八重の桜 再起への道

 今回は、「再起への道」というタイトル。  このドラマを見ていて、明治維新を迎えるまでに、あまり無関係だったように思える東北や北海道にまで、新政府軍が制圧しようとしたことを改めて知ることができた。  それと、会津に対する幕府の扱いがひどいものであったことも知った。会津としては、引くに引けない状態に追い込まれた挙句の戦いであったようだ。  会津戦争から半年が過ぎ、八重(綾…

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八重の桜 鶴ヶ城開城

 今回は、「鶴ヶ城開城」というタイトル。  籠城からひと月近くが過ぎ、八重(綾瀬はるか)の父、権八(松重豊)は補給路を奪還するために出陣するが、とうとう、敵の散弾にあたって倒れる。  新政府軍は鶴ヶ城に、一日に二千発もの砲弾を撃ち込んだため、天守閣は無残な姿になっていった。  それでも最後まで会津の意地を貫こうと戦う家臣たちの姿を見た容保(綾野剛)は、ついに降伏を決意し…

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八重の桜 自慢の娘

 今回は、「自慢の娘」というタイトル。  鶴ヶ城に近い小田山から砲撃が届き始め、八重(綾瀬はるか)は、尚之助(長谷川博己)と共に、四斤山砲を操って反撃を試み、砲弾は見事敵陣に命中するが、敵からの砲撃は激しさを増していた。  そんな中、八重は着弾した砲弾に、濡れた着物を被せて爆発を未然に防ぎ、その様子を見た容保(綾野剛)は、八重を陣所に呼び出して、砲弾の構造を説明させた。 …

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八重の桜 包囲網を突破せよ

 今回は、「包囲網を突破せよ」というタイトル。  鶴ヶ城内の八重(綾瀬はるか)のもとに、日新館が焼失し、重傷者たちが自害したという知らせとともに、けが人が運び込まれてきて、女たちは、手当に奔走していた。  八重も城外で敵を討つため夜襲に出るが、圧倒的な武器の差に・・・  また、中野竹子(黒木メイサ)は母・こう(中村久美)や妹・優子(竹富聖花)ら女性たちで婦女子隊を結…

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八重の桜 八重、決戦のとき

 今回は、「八重、決戦のとき」というタイトル。  いよいよ、八重(綾瀬はるか)が、鶴ヶ城にて、若い鉄砲隊の指揮を執り、戦うことになった。  その指揮のテキパキとした様子と、覚悟を決めて、弟の敵をとるという意志の強さには、迫力があった。  一方、頼母(西田敏行)の登城のあと自邸に残った妻・千恵(宮崎美子)たちが、自刃の道を選び、壮絶な最期を迎えるところは、非常に哀しい…

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八重の桜 白虎隊出陣

 今回は、「白虎隊出陣」というタイトル。    いよいよ、白虎隊が出陣することになった。  八重は砲術を指南した隊士たちに最後の助言をして送り出すが・・・  「会津を守るため共に出陣したい」、「三郎のかたきを討ちたい」と願う八重だが、当然、女は、戦場へは行けない。  圧倒的な武器の差は、如何ともし難い状況でも、当時の若者の気概というものが、哀しく伝わってきた…

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八重の桜 二本松少年隊の悲劇

 今回は、「二本松少年隊の悲劇」というタイトル。  八重(綾瀬はるか)と尚之助(長谷川博己)が訪ねたことのある二本松領内が、新政府軍によって侵攻され、二本松少年隊も出陣し、多くの少年兵が新政府軍の激しい銃撃にさらされて敗走した。深手を負った少年兵たちは八重が救護にあたる会津の日新館へと運ばれた。  新政府軍と会津軍の武力の違いを目の当たりにした頼母(西田敏行)が、恭順を訴える…

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八重の桜 会津を救え

 今回は、「会津を救え」というタイトル。    会津討伐に乗り出した新政府軍が仙台に到着し、参謀の世良修蔵(小沢仁志)らが、同じ奥羽の仙台藩に会津を討つよう命を下す。  だが、仙台藩は米沢など奥羽の諸藩と結束し、会津救済の嘆願書を提出することにしたが・・・  会津救済の嘆願は、世良によって破棄され、これに怒った仙台藩士らが世良を暗殺したことから、新政府軍と会津…

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八重の桜 弟のかたき

 今回は、「弟のかたき」というタイトル。    八重のもとに、弟・三郎 と兄・覚馬が落命したとの知らせが届いた。  三郎は遺髪や形見の衣服があるのに覚馬の遺品はなかったので、八重は、「あんつぁまは死んでいない」と言い張るという場面があった。弟の死に対しては、気が狂わんばかりに嘆き悲しむ姿が描かれていた。  ただ、兄覚馬は、西郷に会えたことで斬首は免れたが、その後どうなった…

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八重の桜 敗戦の責任

 今回は、「敗戦の責任」というタイトル。  「鳥羽・伏見の戦い」が始まり、会津藩は苦戦を強いられ、初陣を果たした八重の弟・三郎が敵弾に倒れる。  慶喜(小泉孝太郎)は、夜陰に乗じて容保(綾野剛)に供を命じて、密かに大坂から脱出してしまう。  薩長側に官軍の旗印である「錦の御旗(みはた)」が掲げられたことで、幕府軍は、朝敵となり、寝返る藩が続出し、ますます、苦境に…

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八重の桜 開戦!鳥羽伏見

 今回は、「開戦!鳥羽伏見」というタイトル。  王政復古が宣言され、慶喜は大阪へ、都へ出兵した薩摩と長州は、慶喜討伐の口実を失ったが、江戸で争乱を起こすことで、その口実を作り上げ、ついに「鳥羽・伏見の戦い」が始まった。  一方、八重たちの会津では、慶喜や容保らの都落ちを知り、藩の女性たちと共に戦勝祈願の幟旗(のぼりばた)を縫い、スペンサー銃の練習に明け暮れていた。 …

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